子宮頚管無力症(しきゅうけいかんむりょくしょう)をご存知の方はどのくらいいらっしゃるのでしょうか?

 

 

特に自覚症状もないので私は1人目妊娠し、妊娠後期まで知りもしませんでした。

自分自身、一般的な健康な妊婦だと自身で思っていたのでこのまま順調に出産するものだと思い込んでいたのですから。

 

今回、私の2度の出産経験談を交えて子宮頚管無力症と診断された妊婦の生活を私自身の備忘録も含めて記事にしたいと思います。

 

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子宮頚管無力症(しきゅうけいかんむりょくしょう)とは?

子宮頚管無力症とは、陣痛が来たわけでもないのに、本来はまだ開かないはずの子宮口が、妊娠中期の段階で開いてしまう疾患です。

【引用】こそだてハック:子宮頚管無力症とは?原因と症状は?手術で治療できる?より

自覚症状もなく産道が開いてお腹の中の赤ちゃんが下がってきてしまう症状で流産・早産の危険があるのだそう。

 

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子宮頚管無力症と妊娠後期に診断される

私が子宮頚管無力症という疾患を知ったきっかけは妊娠8か月頃。

いつもの様に検診に行くと内診で状態を確認されるわけですが、担当医から

 

「もう2cm近く開いてる」

と言われたのです。

 

初産だったので産道のあるべき状態がイマイチわかっていませんでしたが、それでもまだ後2ヶ月近くはお腹の中に居てもらわなければ子どもが危険ということは充分理解しました。

当然、担当医からは「絶対安静で。」

 

私の体の感覚として特に張りなどの症状もないので不思議でたまりませんでしたが、言いつけ通り安静に過ごしました。

 

1人目の出産はギリギリ

安静に過ごすことを心がけ、家事は最低限こなし後はひたすら横になるという生活を続けました。

 

お腹の子の為と言っても正直、めっちゃ退屈(´-ω-`)

横にならなければならないついでにオタママ炸裂でアニメみまくりました

 

はい、そして妊娠36週6日(早産と言われる最後の日)の夕方頃から微弱陣痛が始まりました。

産道が8ヶ月頃から開き続けていたので病院に連絡するとすぐさま来院するように、とのことで病院へ。

 

陣痛待機室で本陣痛が来るのをひたすら待ちます待ちます!

 

ピリッとした痛み程度で「こんなもんなんやったら陣痛も乗り越えられんちゃう~♪」と余裕をかましていた私。

ホント当時の私を殴ってやりたい (笑)

 

そしてあれよあれよと数時間経過すると陣痛が遠のいてきたのです。

もともと産道が既に開いてきていたので自宅に帰されるわけもなく、先生から「陣痛促進剤いっとこうか」と打診され打ってしばらくすると・・・

 

「いやいやいや!待ってめっちゃ痛い!!!!」

と促進剤の効果がすぐに表れ、のたうち回るほどの陣痛が来たのです。

 

それから程なくして喉が切れる程大声で「痛いーー!!!!」の叫びと共に無事に出産。

 

日を跨いでからの出産だったので正期産37週0日目に出産し体重も2820gあったため安産となりました。

 

そして私自身の体感ではわからないのですが産後の子宮の戻りは一般の人よりかなり遅かったと担当医から言われました。

 

2人目妊娠時、子宮頚管無力症対策が施される

1人目で子宮頚管無力症と判断されていたので2人目を妊娠した時は前もって対策をとることとなりました。

 

その対策とは子宮頚管縫縮術
簡単に言うと子宮口をくくる手術をするという事でした。

 

ただ対策と言っても子宮口をくくる手術なので刺激されてしまって陣痛が始まったり、破水してしまったり、感染症を引き起こす危険もあるとのこと。

 

それでも私は流産・早産のリスクをできるだけ回避したくお願いすることにしたのです。

 

そして妊娠5か月を目前にした頃、子宮頚管縫縮術が行われました。

人生初の手術でしたので緊張MAX

 

ベッドに寝かされたまま手術室に運ばれ、さらに麻酔を打たれるわけですが脊椎に麻酔を打たれる頃には恐怖心が限界に達した為、当時22歳にして号泣(笑)

 

手術自体はものの20分程で終了。

術中は痛みはないものの股をいじられる妙な感覚があり気分が悪かったです。

 

余談ですが

この手術直前にまさかの浮気発覚(笑)

悲しくもムナシイ私のポジティブな離婚理由

必要以上に不安な精神状態で手術に挑みました。

 

元旦那は気付かれていることも知らず能天気に遊び呆けていた様です。

当時の恨みは一生忘れることはないでしょう

 

子宮頚管縫縮術の入院期間は10日間

陣痛が来ないか?お腹は張らないか?異常はないか?と10日間術後の観察のため入院しました。

 

特にキツかったのが、術後間もなく麻酔が切れた時。

麻酔が切れたとたんに嘔吐感が湧き上がりひたすら2日吐き続け、子宮口に施した縫縮術の部分も酷く痛みツラかったです。

 

出されるご飯を食べても嘔吐。

のどを潤しても嘔吐。

胃が空っぽでも嘔吐。

起き上がる事も一切許されないので体は怠くまさに生き地獄

 

3日4日過ぎても嘔吐癖がついてしまって常時の吐き気はなくなっても胃に何か入ると嘔吐感が湧き上がってくるので大変でした。

 

出血もあるので定期的に看護婦さんにナプキンを交換してもらうのですが、いい大人がおしめをとりかえてもらう様でツラい状況であるにもかかわらず羞恥心が沸いた事は忘れません(´-ω-`)

 

入院生活10日を過ぎてようやく安定したので退院するも自宅では絶対安静を強いられました。

 

正期産直前36週に入って抜糸

この頃はもちろんお腹もパンパンでくくられた子宮口はさすがに突っ張った感覚がありました。

 

正期産を目前とした36週に抜糸が待っているわけですがこの抜糸、まさかの麻酔なし。

 

おいおいおい!と思いながら有無もいわさず抜糸。

 

バチン、バチン。

本当に物理的にくくられていたのだと実感する程の糸を切る音が聞こえ、しかもめっちゃ痛い!!

 

なんでこれが麻酔なしやねん!!と先生に丁寧語もすっ飛ばしてストレートに訴えてしまいました( ;´Д`)

 

しばらく抜糸による張りが続いていたので、数時間病院で安静したのちに帰宅。

 

抜糸した途端お腹の膨らむ位置が若干下がった様に思います。

 

抜糸後すぐに出産になるかと覚悟するも全く気配なし

担当医曰く、抜糸の刺激でそのまま産気づく人もいるとのことでドキドキしていましたが結局、出産したのは39週6日目でした。

 

めっちゃ焦らすやん!と妊娠生活は大半が安静生活だったので拍子抜け(笑)

 

ただ、産道の開くスピードが桁違いでした。

夜8時ごろ。

夕ご飯を食べてゆっくりしている頃に陣痛が。

 

前回同様、子宮頚管無力症の為早めに病院へ。

あっという間に子宮口全開で僅か2時間半後に2人目誕生!!

 

産後病室に戻るもアドレナリンが溢れに溢れた上に体力が有り余ったせいか、休みもせず我が子見たさにベビールームのガラスにへばりついているとこてんぱんに看護師さんに怒られたのはいい思い出です!

 

産後の子宮収縮

2人目以降は後陣痛といわれる、子宮収縮痛があると聞いていてビクビクしていたのですが私は全くありませんでした。

 

ケロッと過ごす私をみた母は「なんであんたそんなに元気なん?」と呆れた視線を寄越されましたね。

ないモノはないのだからラッキーでした。

 

ただの体質だった可能性があるため子宮収縮痛がないことが子宮頚管無力症によるものかは知りません。

 

最後に

子宮頚管無力症について私は割と軽度といいますか、2人目の妊娠では子宮口をくくる手術をしましたが普通に家事をする程度の生活を送っていました。

さすがに家族で遠出などはしませんでしたが・・・。

 

自覚症状をほとんど感じないのに流産や早産のリスクが高い疾患ですので、知識の一つとして知ってもらえたらなぁと思います。

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